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織機から始まったスズキ株式会社と、ユニフォームを届け続ける私たち

先日、浜松にあるスズキ歴史館に行ってきました。
予約制ではありますが、創業以来の歴史と現在のクルマづくりの様子を見学させていただける、入館料無料の施設です。
車やバイクのイメージが強いスズキ株式会社ですが、その原点が「織機(しょっき)」だということをご存じでしょうか。
織機とは、糸を使って布に織り上げて織物をつくる機械のことです。
今や世界的なメーカーとなったスズキ株式会社のスタート地点は、「より良い織物を、より効率よく作るための機械づくり」でした。
浜松は、繊維・楽器・輸送機器と、“ものづくり”のDNAが脈々と受け継がれてきた街。
スズキ株式会社の歴史をたどりながら、私たち玉川産業の仕事とも重なる部分を感じました。
事業は「現場の困りごと」から始まる

スズキ株式会社の創業者・鈴木道雄氏が織機を開発した理由は、「織り手の負担を減らし、もっと良い製品を作りたい」という、現場視点の課題解決でした。
織機づくりの原点には、織り手がもっと安全に、効率よく働けるようにしたい、そんな当たり前で切実な現場の声があったといいます。
それは、私たち玉川産業が作業着・ユニフォームを扱う上で大切にしている考え方と似ている気がしました。
・暑い現場で、少しでも涼しく働けるように
・動きやすく、安全に作業できるように
・見た目も含めて、働く人のモチベーションが上がるように・・・
「作業着を売る」のではなく、働く環境を良くするための一着を届ける――。
私たち玉川産業は、スズキ株式会社のように技術を生み出す企業ではありません。
それでも、歴史館を見学しながら、「現場の声から始まっている」という点だけは、どこか自分たちの仕事とも重なる気がしました。
「暑くてつらい」「動きにくい」「今のユニフォーム、なんとなく合っていない」そんな何気ないお客様からの声を聞き、メーカーさんと一緒に考え、選び、届ける。
決して大きなことではありませんが、その積み重ねが、私たちの仕事の基本です。
スズキ株式会社の壮大な歴史と比べるのはおこがましいかもしれません。
けれど、ものづくりの街・浜松で仕事をしている一社として、「現場を起点に考える姿勢」には、素直に学ばされるものがありました。
織物の街・浜松と作業着のつながり

浜松は日本三大綿織物産地の一つと言われています。
その理由はこちらの記事で↓
「日本の三大綿織物産地はどこ?」
織物産業が発展したからこそ、「働く服」「現場の服」が身近に存在してきた街でもあります。
玉川産業は、そんな浜松の現場をよく知り、浜松で働く人をよく知る会社として、企業ユニフォームを提案してきました。
大量に売ることよりも、
「この現場には、この一着が合う」
「この人には、こういう着心地がいい」
そんな顔の見える提案を大切にしています。
技術は進化しても、想いは変わらない

スズキ株式会社は、織機からバイクへ、そしてクルマへと進化しました。
技術もスケールも、創業当時とは比べものになりません。
でも、歴史館を見学して、「現場をよくするために、技術を使う」という想いは、今も変わっていないように感じました。
私たち玉川産業も同じです。
仕事着の素材は進化しデザイン性が増し、EFウェアや高機能素材も増えましたが、根本にあるのは、”働く人が、今日も安全に、気持ちよく仕事ができること”です。
ひいては”「はたらく」を「たのしみ」に変える”ことです。
そのために、私たちはこれからも、浜松の地で、現場に寄り添う一着を届け続けます。
現場に寄り添う一着をご希望の際は、お気軽にお問い合わせください。










