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2024/01/09 コラム浜松 浜松の繊維産業の歴史を巡る【4】「蒲神明宮」

新年のご挨拶

あけましておめでとうございます。

昨年は多くの方にご愛顧いただき、ありがとうございました。

 

玉川産業は、本日1月9日(火)より通常営業となります。

本年もサービスの向上に努めて参りますので、より一層のお引立てを賜りますようお願い申し上げます。

 

昨年は遠州織物発祥の地とされている「初生衣神社」を初詣の地に選ばせていただきましたが、本年は浜松市中央区にある「蒲神明宮」を参拝させていただきました。

(※余談ですが、2024年1月1日より浜松市は行政区の再編がありました。玉川産業も「中区」→「中央区」となりますので、ご承知おきください)

 

 

浜松最古の神社 蒲神明宮とは

806年に伊勢神宮から勧請した浜松最古と言われている神社です。

 

藤原鎌足(中臣鎌足)の子孫である越後守静並(えちごのかみしずなみ)が、辺り一面蒲が生い茂っていたこの地を開拓し、伊勢神宮に寄進し神明宮が創設されました。

 

内宮に天照大御神、外宮に豊受比売神を祀っています。

伊勢神宮に倣い20年に1度「式年遷宮」が行われています。

 


非常に交通量の多い船越バイパス・柳通り・六間道路に囲まれた場所なのですが、緑深い袖紫ヶ森(そでしがもり)の中にあり厳かで落ち着いた雰囲気を感じられる場所です。

地元では「ごしんさま」として親しまれ、国道152号線(東海道)にある第1の鳥居から神社横の第2の鳥居まで約600mが「ごしん表参道」と呼ばれています。

 

現在は広大とまでは言えないほどの大きさですが、伊勢神宮の御厨だった当時は広大で蒲神明宮を囲うように木々が生い茂っていたそうです。

この本殿前にある灯篭が、遠州織物をこの地に定着させた「小山みい」さん顕彰の燈篭となっています。

 

 

遠州織物の母 小山みいとは

小山みい(小山みゑ)さんは、1821年に本郷村(現在の浜松市中央区都盛町)で生まれ、江戸時代~明治時代にかけて遠州織物の事業化に取り組んだ人です。

 

1840年に中島村(現在の浜松市中央区中島)の小山豊太郎さんに嫁ぎます。

1845年からは、上州館林からの国替えにより浜松藩へ移ってきた井上家藩士の元で、結城木綿の縞織物である結城縞の技術を学びました。

 

それまでは農家の人々が細々と綿織物の生産をしていた状況だったものを、現在でいう女性実業家の小山みいさんが工場を建設して従業員を雇い量産化に成功したことで、遠州織物の名が広く普及しました。

 

また、量産化による質の低下というデメリットをカバーするため、同業者で「永隆社」という織物組合を設立して品質の向上に努めたことで、遠州織物の品質を落とさず地場産業に定着させました。

この功績をたたえ、1900年に永隆社の寄進によって蒲神明宮に燈篭が建てられました。

 

男性中心社会だった明治時代に、一女性を称えて神社に燈篭が建てられるのは非常に稀なことだったことから、その功績の大きさが伺えます。

風化してしまい読みづらかったのですが、向かって右側の燈篭には功績を称える顕彰文と、永隆社の文字が刻まれていましたよ。

 

小山みいさんが遠州に織物産業を広めてくれたおかげで、浜松で仕事服の販売ができている玉川産業のホームページはこちら

 

 

合わせて読みたい記事
→浜松の繊維産業の歴史を巡る【1】「初生衣神社」

→浜松の繊維産業の歴史を巡る【2】「濱名惣社神明宮」

→浜松の繊維産業の歴史を巡る【3】「遠州織物Co-Lab.(コラボ)」

→浜松の繊維産業の歴史を巡る【4】「蒲神明宮」

 

 

→玉川産業ホームページ

→作業着・仕事服の通販サイト(衣・職・自由)

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