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浜松で働いていると、仕事や勉強会などで訪れる機会も多い浜松商工会議所。

その駐車場の横に、ひとつの石碑が建っています。
「東洋紡績浜松工場跡」
私も、これまで浜松商工会議所で開催されるセミナーなどに参加する機会が何度もありました。
そんな「仕事で訪れる場所」を少し調べてみると、浜松の産業の歴史を考えるうえで興味深いことが分かります。
この東伊場周辺は、かつて浜松の紡績産業を支えた場所のひとつでした。
浜松紡績から東洋紡績へ

浜松市立中央図書館の「浜松市史」によると、遠州織物の生産が増えるにつれて、綿糸の需要も増加しました。
当時、浜松では大阪や名古屋方面などから綿糸を仕入れていました。しかし、地元で綿糸を供給できるようにしようという動きが起こります。
そして1917年(大正6年)7月、浜松紡績株式会社が設立されました。
場所は伊場町。
翌1918年(大正7年)12月には、紡績と綿布製造を行う工場として操業を開始します。
ところが、規模が小さく生産高が少なかったことから経営が難しくなり、1920年(大正9年)3月、東洋紡績株式会社に買収されます。
その後は、東洋紡績の浜松工場として綿糸を供給する役割を担いました。
浜松市の資料でも、1917年(大正6年)に東洋紡績が現在の東伊場一丁目に大規模な工場を建設したことが記されています。
つまり、現在の浜松を代表する産業のひとつである「ものづくり」の歴史は、こうした紡績工場とも深くつながっていたのです。
「繊維の街・浜松」は、今も続いている

現在、浜松といえば「自動車」「バイク」「楽器」といった産業を思い浮かべる方が多いでしょう。
しかし、その浜松の産業の歴史をたどっていくと、繊維産業が大きな役割を果たしてきたことが分かります。
また現在の浜松商工会議所会館には、一般社団法人静岡県繊維協会や浜松広巾織物産元協同組合など、繊維産業に関わる団体も入っています。
かつて紡績工場があった東伊場という地域で、現在も繊維産業に関わる活動が行われている。
そう考えると、浜松の産業には、時代が変わっても受け継がれているものがあるように感じます。
そして、玉川産業も浜松の繊維産業の歴史の中に
玉川産業も、浜松の繊維産業と無関係ではありません。
玉川産業は1964年(昭和39年)に創業しました。
そのルーツには、浜松市北寺島町に工場を構え、1948年(昭和23年)頃に玉川紡績と改名された紡績会社があります。
玉川紡績は1951年(昭和26年)には全国綿紡績会社所在地にも記載されており、最盛期には約150名が所属。1971年(昭和46年)に閉鎖されました。
その後、玉川紡績で働いていた人々の熱意や志を引き継ぐ形で、1964年に玉川産業が誕生しています。
現在の玉川産業は、紡績会社ではありません。
しかし、作業服・事務服・制服などの「働く服」を扱う会社として、浜松を中心に企業のユニフォームに関わっています。
玉川産業の歴史は、こちらの記事でも紹介しておりますので、ご覧ください。
→玉川産業は創業60周年を迎えました
浜松で「働く服」を扱うということ
東伊場には浜松の産業を支えた紡績工場の歴史があり、そのさらに背景には遠州織物の長い歴史があります。
その歴史の中で、玉川産業も「働く服」を通じて浜松の企業や働く人たちと関わっています。
浜松は、ものづくりの街。
そのルーツのひとつには、確かに「繊維」があります。
これからも浜松で仕事をする一員として、地域の歴史を知りながら、働く人と企業をつなぐ仕事を続けていきたいと思います。











